読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

BLOG.NOIRE

THINK ABOUT SOMETHING.

民主主義と革命

どっちつかずな時に何を重んじるかというと、それは隣人だ。両方が隣人の時は少し判断に悩むが、基本的に身内を贔屓するのが普通だ。例えば身内と赤の他人が口論していて、相手の方が正しいとしてもそれに乗る人など居ないだろう。普通は身内を擁護するし、…

戦争と楽園は不可分なもの

家族愛と世界愛は同じようなものか、ということを考えてみた。家族は一時的に憎たらしい時期が在っても、結局同じ屋根の下で寝る人間だから、愛憎半ばで暮らさざるを得ない不可避性が在るけど、世界も一緒だと思う。 なんか例えがおかしいけど、仮に犯罪者に…

中庸から離れよう

二つの拮抗が在ってその中間に落とし所を求める、というのはよく在る話だ。例えば制服じゃない職場だからと言って身だしなみばかり気にし過ぎるなという考えと、逆に極端にKYな身だしなみでもそれはそれで恥ずかしいという考えが在って、誰もが「こんなもん…

世界を裏切ろう

僕は一時期引き籠りでニーチェみたいな創作をしてたことが在って、あの頃は本当に未練がなかったというか、それを捨てれた。僕はチキンなので痛いのはイヤだけど、「自分が死んだら世界が救われる」みたいなシチュエーションが起こったら(絶対ないけどな)…

弱者の意識

弱者の意識ってそんなに悪いもんじゃない。むしろそれを失ったら人間終わりで、自信の在ることにしか手を付けてないことの裏返しだ。もちろん適材適所的な限界は在るけどね。 以前にもつぶやいた気がするが、自信が覚悟への隙間を埋める時、弱者の意識が生じ…

知ったか音夢の革命講座

論理だけでは革命にならないが、詩を総柄にする革命も短命だ。写実的な道義を重ねた果てに抽象を刹那射抜く、それが革命の本来の在り方であり、不可分な世界の一側面を奉るその本性に拠って、全ての革命は結局滅ぶのである。―知ったか音夢の革命講座― ゆえに…

思想に完成はない

思想書というと大袈裟だが、思想的な体系を造り上げるのが僕の今の目標で、でもこれは後半になればなるほどこじ付けの要素が強くなるということに気付いた。 これは只の怠惰なのかもしれないけど、思想的な本を書いている時、道中の全体性をある程度守りたく…

純愛は洞察から

本気の恋愛が先ず在って、それの為に仮初の恋愛を遊び抜く。そういう恋の形態が在ってもいいだろうと常々思うのだけど、熟した頃にもう一度気持ちを確かめ合って、それが実は幻想だったなら別れればいい。こういう形態こそが最終的に、「純愛の形」になるん…

哲学とは奥の細道の無限性である

哲学というのは要するに、広義なもの、万様なものを限界ギリギリまで狭義に絞る行為だと思う。 例えば自分。日本に住んでいるというよりは大阪に住んでいるという方が近いし、ネットしているというよりはツイートしているという方が近いし、そういう「狭さの…

深淵の双子

一冊の詩の原本と小説の原本がそれぞれ在るとして、それを別の国の言語に翻訳する時、必ず詩の方が難易度が高くなることの理由を考えてみた。 例えばある国の単語をある国の単語に置き換える時、元の言葉が明瞭にフォーカスされていればいる程同等の単語に置…

否定の美学

主に音楽で在りがちな話だが、どう足掻いたってクソ曲でしかないのに、それの否定の否定として「一曲でも多く楽しめた者勝ち」とか言い出す人。それ、絶対間違ってるよ。 一つでも多く取るという思想は、審美眼を鍛えることの放棄にしかならない。むしろ一つ…

ロジックと詩のスパイラル

ある友達とロジックと詩について議論した。結局結論めいたものは出なかったけど、僕の意見はこうだ。 これは多分以前にも書いたけど、詩の最初の目的は「観念を腐らせないこと」だろう。現代詩は知らないけど、産まれたばかりの頃の詩の目的はそれだった筈で…

夕闇通り探検隊のワンシーン

今はもう引退したし、第一線で活躍したこともないヘタレだけど、僕が過去格闘ゲームをやっていた頃の経験で言えば、「自然 > 工夫 > 努力」という差が在ったように思う。 自然というのは一番理想的な状態で、体が脳を経由せずにそれ自体で状況を合理化する…

ゼルダの哲学

ルールプレイというのは「神憑り」で、ゲームがプレイヤーを定義する、既成事実の器。ロールプレイというのは「我宿し」で、プレイヤーがゲームを定義する、天地創造の器。前者はゲームが高解像で、後者はプレイヤーが高解像だが、この両者をハイブリッドさ…

行為が先か自信が先か

僕は行為が先か自信が先か、ということについては結構考えてきた。もし自信が先なら自信がなければ行為もなくていい、という決壊が起こる。ゆえにその一点においては行為が先んじるべきではないのか、といつも思う。 例えばキリスト不能論というのが在るらし…

万人是芸術家

我ながら「観念に筋を通す」というのはすごくいい言葉だと思った。これができて初めて世界と対等に渡り合えるし、まだ見ぬ明日も晴れ晴れと澄み渡るというものだ。 観念に筋が通ればそれは現実としてまかり通るラインに乗る。言わば「最低限の可能性が保障さ…

観念に筋を通すべし

青年時代の夢の大きさと性的妄想の非現実度は一致していて、これは現実のセックスを繰り返しベリファイすることで生々しく変化していく。そしてそれは夢を妥協する行為という訳ではなく、逆説的に最大化する行為である。 前にも書いたが、僕はセックスシンボ…

四段階青春説

人は主観が全体化したような世界観(我は神なり)から出発し、客観を共同化したような世界観(神は死せり)に落ちぶれていく。言わば神話から歴史への転落であり、成人するということである。 産まれた瞬間は創世期の神の如く、誰からも愛される「小さな神」…

偉大な芸術家は火を奪う

以前にも書いたが、眠たい時に思考すると睡魔と闘っている感覚が味わえる。でも恣意に近いような浅い思考だとそうはならなくて、どこまでも潜っていくような深い思考をすると睡魔との闘争が際立ってくる(これは後に書く「坂の比喩」でもある)。 そしてその…

言葉への責任

僕は言葉を正々堂々と使える人間に憧れる。例えば三島由紀夫とか、ハイデッガーとかだ。 僕は絵画的な画力は全然ないけど、言葉による世界描写なら多少できる。でもそれは所詮「多少」に留まっているから、描写に自信のない場面に出くわすと詩に逃げたり、曖…

ハイアマチュアであれ

詳しい意味は分かってないけど、僕はNIKEの「JUST DO IT」という言葉が好きだ。キャッチコピーの世界では多分、短さは一つの正義なんだろうけど、それでいてNIKEらしさの筋が通ってるというか、要は「完成されてる」と思うのだ。 でも偶に思うのは、ほとんど…

パーソナリティーの信仰

「筋を通す」ということと「真を取る」ということが同義だとして、個人史以上に生々しく化け得る対象は他にないから、そう考えるとパーソナリティーというのは芸術の拠点と言えるのではないか。 例え一瞬であれ「雨にも勝り風にも勝り」に到達する為には、以…

黄金は我が内に

昨日のツイートだが、要は「過去から未来まで筋を通す」ということ。そしてこの一筋の昇り矢を、螺旋の芯とすることが可能かもしれないとふと気付いた。 神や楽園も悪くはないが、抽象的過ぎて掴めないまま終わることも大いに在り得るから、神学よりももっと…

『ゆく』という思想

僕は「過去を清めればその今昔が未来を明け渡す」と考えているが、これってよくよく考えれば予言的な話かもしれない。 僕はなんちゃって決定論者だけど、時間軸における一つの断面から過去と未来を導くことは理論的に可能だと思っていた(アホだから)。 そ…

螺旋の芯

昨日のつぶやきだが、僕がずっと考えてきたことに繋がった気がする。つまり聖者が我が道を手放しに昇り続ければ、誰一人として例外なしに堕天する。仮にしなければ欺瞞の証明だし、単純な自我肥大は自殺行為に他ならない訳だ。 手放しではないとしても、昇り…

楽園の為の非我

大人は形を守り抜く。若者は革命に妥協しない。故に若者は華々しく映るけど、対する大人は燻し銀だ。若者は射精後の後悔感を内に孕んでいるが、大人はとっくにそれを通り過ぎて生きているからだ。 それでも若者の反抗は世界の為に必要だ。何故ならダダイズム…

雨にも風にも勝るべし

雨にも負けず風にも負けず。あれは「負けない思想」というより「勝てない思想」の方が正しい。「勝つ思想」というのは対等を前提に組まれてなどいないからだ。 「雨にも負けず風にも負けず」というのはその対象に対する攻撃性が全くないし、精神的な「対等」…

終わらざる運動

お笑い芸人で顕著なのだが、あるパターンを繰り返す芸風というのは全然つまらない。最近テレビ見ないので最近の芸人は分からないが、古いのだと「ひろし」とかがそれで(とか言いながら結構好き)、出始めは例外としてもそれ以降は常に過去的で、飽きちゃう…

無意識の夢を見よ

長いこと創作をしていると「言葉が自然発現する」という状態に辿り着く。そこに至るまでの詳細は説明不能だが、これは大袈裟だけど宇宙の創生とかと同じ話。要するに虚無と夢のプリミティブな波打際が在って、その衝突を意識化し現実に焼き付けるのが芸術と…

芸術の一つの存在理由

人間歳を取ればイヤなこともどんどん増えていく。それが加速度的に急増するのがモラトリアムの期間だとすれば、「鈍感」はモラトリアム卒業のカギだろう。 多感なままでは破綻するから、反抗するだけでは収まらないから、大多数は鈍感な人間に収束し、社会生…

正義よりも強者

言論の妥当性というのは言論そのものの強度より、行為の方が先行するように思う。僕みたいな無名の人間がなんぼえらそうなこと言ったって、行為が伴わないから胡散臭い訳だ。 「正論か曲論か」という考え方はもう古くて、強い奴の言葉なら曲論でもまかり通っ…

絆と秩序

「絆」というのは順不同ではなく、順序立ったプロセスが必須のもので、例えばブルジョワには最初から自由があるけど、希少な物事を神聖視する聖別履歴がないからカメラ的な瞬間最大値も同時になく、そこから幸福論を参照した生き方ができないのだ。 翻って戦…

ThinkかFeelか

うとうとしている時に抽象的な想像ではなく、物凄く具体的な想像をすると一気に眠気は覚める。だからSleepの対義語はImagineで、想像力こそ睡魔の天敵だと僕は思うのだ。 道徳的睡魔というものがある。反抗期の敵対者と共通する部分もあるのだが、厳密には万…

ファイトクラブ批判

精神的豊穣と物質的豊穣について考えてみることにしよう。 精神的豊穣を「最後に拠点となるもの」、物質的豊穣を「精神を仄めかすもの」だと定義して、出逢いの入り口はどこまで行っても物質側(外見)だから、精神の翻訳者としての服装がそこで生きてくる訳…

センスの何たるか

「センスを磨け」という言葉がある。これは正直うろ覚えだが、寺田克也はこの言葉に対し「センスなんか誰でもあるわ」と答えていた筈で、これは一瞬納得してしまいかねないのだけど、多分違うな。 確かに飛び抜けて素晴らしいものは誰が見ても素晴らしいと感…

梅干万能論

昨日の話の続きだが、局所的な和食の代表例は「梅干」だ。これは本質的にそれ程美味いものではないけれど、日本人に生まれた時点で弁当などで頻繁にお目にする訳だ。 そうやって繰り返し繰り返し口に含んでいる内に土着的な関連付けが起きる。つまり空腹のど…

万国万別のデフォルメ

年齢を重ねると感情の種類が色々増えていくけれど、もちろん正の感情ばかりではなく負の感情も底深くなっていく。 但しこれは一概に悪い側面ばかりでもなく、単体ではノイズでしかないような感情もその他の感情との協奏で神曲に化け得るから、大人には大人の…

僕達にはロールプレイの権利がある

結構前まで感情というのは不可抗力のものだと思っていたが、どうやらそういう訳でもないらしい。 「味覚は変わる」という言葉があるけど、正確に言うと味覚自体は間違いなく変わらない。昔嫌いだったものが好きになったとしても、味の感覚そのものは絶対変わ…

FATE'LL BE EDEN

(ツイッターの)プロフィールを更新したが、ここに書いてあることは時間的には負の因果だ。普通因と果は未来に対して結ばれるものなのに、過去の為に因を踏むということを言っているからだ。 これは「個人史が清められるか呪われるかは今次第」ということだ…

人はみな変態

シルバー事件の中で「人はみな変態ですよ」という台詞があったが、人間の極端に狭いスイートスポットを剥き出せば本当にその通りだと思う。 食を一つ取っても理解できない趣向があるし、服を一つ取っても理解できない趣向があるし、全てのフェティシズムがス…

ビデオとカメラの素晴らしさ

本職じゃないので確信はないけど、ビデオは平均値の世界で、カメラは最大値の世界だ。 例えば歯磨きしている所をビデオで撮ったとして、その映像は平均的に何の変哲もないが、逆にカメラで撮った場合撮ったタイミングによってはものすごく変顔になったりする…

大必然性という理想

文化が歴史化するとそこに文法(伝統)が生じるが、これを一切踏襲しないで創造するということは先人がありとあらゆる角度から検証した必然性を放棄するということ。伝統にはそれなりの根拠がある訳だ。 但しこの構図は文化史が深まれば深まる程その色を濃く…

君がニヒリストで終わるその前に

人間は真贋の真を選び抜いてきた場数によってその魅力が決まる。これは服装一つ取ってもそうだし、仕草一つ取ってもバレてしまうものである。 本当に誰得な話だが、僕は昔「ある一線を超えたらその中で一番性格のいい子と付き合う」と言ったことがある。この…

落とし所≠中庸

今日は何となく車のことを考えていて、厳密にはそこだけではないのだけど黄信号時の判断で結構人間の性格が出る。 例えば停止線の直前まで来てる時に黄信号になっても後続車が危ないので渡り切ってしまうのは普通の判断だが、その判断の最低ライン以降に各自…

ダダもシュールも一過性の必然

僕はヨーロッパに旅行に出かけて初めてダリを知り、ブルトンを知り、シュルレアリスムを知ったぐらい「芸術素人」な人間だけど、日本に帰ってきて彼等を調べていく内にシュルレアリスムに幻滅していった経緯がある。 僕にダダとシュルレアリスムを明確に区分…

個人の自動書記

チャラの人間性の延長線上で見た最高傑作というのは「やさしい気持ち」だと思うが、あれはおそらく浅野忠信と結婚していなければ造れなかった個人的な作品の極致である。 これは自分がYouTubeでよく聴くHAJIMARINO-MEもそうだと思うのだが、強烈な体験が言葉…

予言者の名は

「将来を展望する」という行為についてだが、楽観的な予測ばかりを立ててもいけないし、悲観的な予測ばかりを立ててもいけないし、かと言って両者の中間にバランスの良い落とし所を見つけましょう、というのも実はいけない。 じゃあ「何処に答を見出すのか」…

スピード・コンプレックス

最近ジジェクの動画をいくつか見ていて思ったのだけど、軽快なトークというのはそれだけで「速度の象徴」だ。僕みたいに鈍臭いトークしかできない人間とは訳が違う。 要するに評論家レベルの言論をリアルタイムで展開できる評論家と、本の中でしか展開できな…

答は繰り返される

PSAwardsで小島監督がドストエフスキーと全く同じことを言った。「アイディアが思い浮かんだら書き残して行くのか」という問いに対して、「良いアイディアは繰り返されて上書きされていく。だからあえて書き残さない」と。 基本的にこの考え方は正論だし、第…

如何にして神に背を背けるか

シンプルに考える、壁にぶち当たる、複雑に考える、これが負のスパイラル。複雑に考えれば問題は大抵クリアできるけど、現実性は削ぎ落とされていくただの「逃げ」である。独創性という言葉とこれを結び付けると単純なカルト否定になっちゃうが、断片的に正…