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BLOG.NOIRE

THINK ABOUT SOMETHING.

虚学と実学

僕には昔からパチプロの友達が居る。最初は同年代だけだったけど、サミーのレバー攻略が出回った時に、大阪有数のパチプロ集団と知り合うことになる。当時の2ch住民ぐらいしか分からんだろうけど、情報が出回った末期に西成の某店へパチプロが集まった日のことだ。


僕はその少し後からパチンコを辞めたけど、残りの同年代の友達は彼等と交流を持つようになり、開店を中心に近畿圏を立ち回るようになる。んでまあ、彼等との立ち回りを聞く度に、「えげつないな」とか最初は思ってた。自分には到底真似できないな、という感じで。


たった一人の台取りが二十人に膨れるとか、顔面ごと壁にぶつけて他人の文句を言わせないとか、まあいろいろ。グレーゾーンで開き直った連中の集まりというか、縄張りの為なら大抵のことはやる連合というか、一目見た瞬間他のパチプロを諦めさせるような、そんな近寄りがたい組織だった訳。


でもまあ、今だから思うんだけど、この組織で自分は揉まれたかったんだよね。哲学とか文学が虚学だとして、彼等のやってることは実学の部類だろう。もちろん一定の理屈は要る。要るけど、必要以上の屁理屈は要らないし、行動と結果が伴わないと何の意味もない。


その是非はともかくとして、彼等にも行動原理がある。仲間のことは例え間違ってても守るだとか、舐められたらそこで終わりだとか、最低限の理屈は当然持っている。無闇やたらに威嚇するだけなら誰でもできるし、そんなものでは組織にならんだろう。


そしてそんな半分ヤクザ紛いの彼等の方が、逆に「人間的」なのだ。薬を定時に毎日飲むとか、昼夜逆転しない生活を守るとか、聞こえはいいけど、何かしらの「実」がないと感じる。確かに彼等はそんなに褒められたもんじゃないけど、あそこでしか学べない実学がある筈なのだ。


結局何が言いたいかというと、行動の芯となるようなものさえあればそれ以上の虚学に突っ込む理由はほとんどない。ボーダー理論の影響で僕は過程主義者だけど、それもハッキリ言って女々しい。結果が全て。プロセスの主張は全部言い訳。言い訳だけが残るとそこで負け。負けて内向きになるともっと負け。


何故だか分からないけど、こういう心理状態に最近なってきた。もちろん性格の「地」というものがあるから、誰にだってできることとできないことの線引きはあるんだけど、それを言い訳に虚学に進んでいくのは、何かとても大きな損失をしてる気がするんだ。三島みたいに両方立てれたら理想なんだけどね。


できない穴、例えば僕だと「人の上に立つ」ということができないけど、その穴埋めとして虚学に走るのはまだいいとしても、虚学を盾にできない穴を広げていくと、本末転倒もいい所だ。あれもできないこれもできない何もできないだと、話にならないだろう。


ニーチェとかヘルダーリンにはその要素があると思う。僕にしたって、少なからず。その点に限れば三島はすごくバランスがいいし、実学も虚学も共に生き生きしている。そう考えると太宰治批判も、筋が通っていたのかもしれないし、僕にしたって心身共に鍛え直さなきゃいけないのかな。


ミスチルの歌詞だけど、「自分らしさの檻でもがいている」のは誰だってそうだ。性格の「地」はどこまでも付いて回るし、例えば僕は「怒り」の感情を操るのがすごく下手。そこは横に置いときたいけど、横に置けない状況はいくらでもある。「雨にも負けず風にも負けず」だけでは、やっていけない。


結局「精神がどこを向いてるか」という問題なんだろうけど、実学に生きる連中というのはいい意味で「周りの目など気にしない」し、心の底から、言い換えれば「自分」から行為が出てくる訳で、世間体とか人の目から行為が出てくるんじゃない。


この点において上記のパチプロはみんな「大人」だと思う。行為そのものの評価じゃなく、その中身の評価として、思いやりがあると思う。そしてその最大の近道は、虚学の場合「直観」だけど、実学の場合「感情」なんじゃないのかな。


内向感覚型の僕は感情的には不能者と言われるけど、そこを正さないと僕の今後はないような気がする。日常で時々直観を射抜いてさ、それをツイッターでコツコツ論理化した所で、現実は動かない。最後は自分を変えなきゃ、世界も変わってくれない。


でも感情を沸々とさせるのって、どうやったらいいんだろ。「べき」という論理は分かったとしても、例えばここは怒るべき、ここは喜ぶべき、という状況は把握できても、その感情がそもそも出てこないから、怒っても何か空振りになるんだ。


これは「べき」という人の目、世間体から行為が出るからそうなるんだと思う。自分が伴っていないというか、感情が空回りしてるというか。言わば僕の性格の「地」で、「怒れない」のだ。職場のことはもう書かないけど、それが理由でずっと見過ごして来たものが、一気に出たんだよな……。


三つ子の魂百までと言うように、性格の地は変えれないのかな。理想としては長所を立て続けて、それが結果的に短所を埋めるような流れだけど、短所を直接埋めるような道筋は、さすがにないか。取り敢えずまあ、なんだか分からないけど、地道に頑張るよ。