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BLOG.NOIRE

THINK ABOUT SOMETHING.

新・本命論としてのマスターベーション

村上隆の創造力なき日本を読みたくなってきた。冒頭だけを軽くweb読みしたけど、自分の考えの真逆が一つあって、そこと(架空の)議論をする為だけでも買う価値があると思った。議論の相手は世界的アーティストな訳だから。


僕はどこまで行ってもステレオタイプな考えとして、アーティストは自分の性癖(エッチな意味だけじゃないよ)を足掛かりにする形でしか自分の究極には辿り着けない、だから好きなことをとことんやればいいという思想を持っている。AV監督とかだとこれは明確な話だ。


三島が言うように「形のない所に文化はない」訳で、その為のメソッドがマスターベーションというのは安直だけど、超王道だ。それをマーケティングに置き換える(読んでないから正確には分からんけど)とかだと、邪道とは言わないが何か「芯(≠アイデンティティー)」のようなものがなくなってしまう。


組織論的にはマーケティングが本命だというのは当然分かる。どちらに賭けるかと言われれば僕もマーケティングに賭けるし、マスターベーションに賭ける気なんてさらさらない。それでもマスターベーションを推奨する理由は「ある閾値を超えるとその他のメソッドが全滅する」ぐらいの効果があるからだ。


これはある意味で大穴推奨論なんだけど、ある意味では新・本命論でもある。その為には村上隆の言う執着心は欠かせないし、甘たれた自己満足と徹底した自己愛は似て非なるものだ。例えばロッククライミングは標高の低い所でも高い所でもやってることは同じ、でも高みから見える見晴らしは全く違う訳だ。


世界征服感はその素敵な見晴らしから来るものだ。そして他者という山を目指した芸術にそこまでの執着は得られない、というのが自分の考えで、でも同じことを正反対の言い方で言っている、ということは思想の世界だとよくある話なので、結局考えてることの本質は変わんないかもしれないけど。