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BLOG.NOIRE

THINK ABOUT SOMETHING.

Wii Uの持つ『ノリ』

Wii Uについて。わらわら広場のコメが中々更新されないのは、今後百とか千とかゲームが増えていくと精査対象のコミュが膨大になるから(広場に繰り上げられるコメは精査をクリアしたものだけの筈)、初動はゆっくりという魂胆から来てるような気がする。予め遅いペースにしておくというか。


またコミュから広場に繰り上げられやすいコメントとその逆のコメントというのもある。一番分かりやすいのは上手いイラスト付きのコメントと、只のテキストコメント。あるいはWii Uにまつわる好意的なコメントと、批判的なコメントといった感じで。


そうやって精査されたわらわら広場の空気というのは、やはり任天堂だなと。2chが今もアングラかどうか知らないが、全てのタイプの人間を飼い慣らすあの独特のノリは、僕はキライじゃない。でもノイズを省かれ整理されたまとめブログの方が見やすいように、任天堂のわらわら広場にもその要素がある。


でも「精査元がアングラ的」という前提があるからこそ、まとめる時にもバラエティーに富む訳で、Miiverseには全くそういう雰囲気はなく、「これは削除されるかも」の線引きがかなり厳しいから、結果的にいろんなタイプのコメントを取りこぼしてるという見方はできる。


そうやって「半ば去勢された精査元」から繰り上げられたコメントの総柄は、任天堂的だけど、突っ込んだ内容(ネタバレとかじゃなくて)は全く上がって来ないな、というのが現状の広場のイメージ。まとめブログはグレーに染まれても、わらわら広場は染まれないというか、ほぼホワイトにしかならない。


任天堂のゲームとしてならいいんだけど、コミュにまでそれをやるのはどうなんだろう。極端な話もの凄いクソゲーが発売されて、その悪評はスルーして高評価だけのコメを繰り上げると、それは詐欺だろう。コメントを精査する、という選択を取った時点でそのスタンスしかない訳だし、今後どう転ぶのか。


でも任天堂の目指す所は、リアルタイム性や突っ込んだ内容はコミュに委ねておいて、広場はその中のファンライクなコメントだけで構成するという、クリーンなネットワークなんだろう。ちょっと嘘くさいかな、と思う時はあるけど、これはこれで独特の心地よさがあるし、結局はトレードオフだね。


クリーンで尚且つバラエティーに富んでいれば、それは結構画期的だろうなと思う。そもそもテキストコメントはあまりお呼びじゃなさそうだけど、本質をはぐらかした上辺だけのコメントは、どうしても全部似てくるし、本質というのは大概クリーンには収まらない。断片的にでも必ず暗いものを抱える。


それを全部打ち消そうとするコミュがどこまで盛り上がるかは未知数だけど、おそらく『深さ』の対案としての『明るさ』を、イラストコメントを基点に成立させるかもしれないな、とは思う。深さはなくても明るいノリがあって、そこにはそこのバラエティーが溢れる。クリーンなままに、多彩に富む。


そういう意味では少年漫画的なノリこそが、Wii Uが達し得る最高の可能性のような気がしたな。クリーンでありながら、バラエティーにも富む。この二つが矛盾しないノリの前例が、あそこにはある。要するに本質を語るんじゃなく、ゲーム(コミュ)を楽しむ『ノリ』こそが一番重要なのかもしれない。