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BLOG.NOIRE

THINK ABOUT SOMETHING.

中間層最強説

今日の早朝久々にピグをやった。そこでいろいろ話してたんだけど、一番モテるのは普通の男だよということを相手が言ってきた。よう分からんけど、確かにそんな気もした。

 

これは以前考えてたことだけど、例えばファッション。裕福層と、中間層と、貧困層があるとして、裕福層は垂れ流し的に服を買えるから、いつまで経っても組み合わせの妙技というか、そういう経験値が貯まらない。とりあえず買うだけ買ってどれかが組み合わせ的にハマればラッキー、程度の感覚だからだ。

 

だから数十着服を買って、一つか二つ奇跡の組み合わせがあれば上出来というレベルに留まる。これが中間層だと、金はある程度あるけど無限ではないので、その範囲内の最大効率で立ち回ろうとする。一着単位の良し悪しではなく、組み合わせとしてどれが活きてくるかについての経験値を、どんどん貯める。

 

貧困層になると金銭的な自由度がかなり低いから、経験値が『貯まらない』というよりそもそも『貯められない』。レベルアップのスピードが失速していって自然消滅するか、実利主義的な方向に偏ってオプション的なものを諦めるか、この二択に終わるのが大体の相場だと思う(全てではないだろうけど)。

 

この観点で言えば『適度に手の届くものに手を出す』というか、そういう中間層的な人達が結局最強という話になる。余裕で手が届いてもダメ、全く手が届かなくてもダメという中間でこそ、経験値が貯まっていくものなのだ。その中間層にこそ非DQ的にしてFF的な『大衆ヒーロー』が育まれるのだ。

 

これを創作に当てはめると、時間は金に相当するのだと思う。時間が有り余っていてもそこにあぐらをかいて経験値が貯まらないし、雀の涙ほどしかなくてもモチベーションは失せる。適度に時間があってこそそれを最大効率で運用しようとする意志が働くから、コストパフォーマンスは最大化されるのだ。

 

僕の場合時間が有り余ってた頃の作品が凄く好きだけど、多分、あれは今でこそ乗り越えられるものだと思っている。適度に時間があって、しかし寿命があって、だからこそ最大効率で運用しようとするから、オーバーに言えば一瞬一瞬が全身全霊となり、細部の一つ一つが考えられ得る自己ベストになる。

 

ごくごく中間的な、言い換えれば平凡な人間にモチベーションと継続が揃えば、それだけで凄いことになっていく。何も成功者だけが凄い訳じゃないんだし、周りを見渡せば人間的に凄い人は沢山いるけど、彼らはみなこの原理に則っているように僕は感じる。分をわきまえて何かを手に届かせんとしている。

 

平凡な人間が可能的な最大値を取ろうとする活動こそ、フォルムというか、オリンピックというか、不滅に輝くのだ。実際のオリンピックの場合、時間は取れれば取れるほど有利なのは間違いないけど、それはモチベーションがかなり統一された土壌だからで、しかし現実生活でそういうことはほとんどない。

 

だから平凡なスペックこそが強くなり、愛されていくのだと思う。話を戻すとそういう意味で、普通の男が一番モテるというのは一理ある。そのステレオタイプ的なイメージとして、一番理に適うのが糸井重里。あの人は強いし、周りからも愛されてるけど、根は平凡だと個人的には思います。