現象と感情の狭間で
昨日だけど、USJ行ったった!正直アトラクションよりショーの方が面白かったけど、アトラクションもそれなりに面白かった。というかスヌーピーの被り物がめっちゃ気に入ったから、そっちもテンション上がった。
でもいろいろ考えてしまうこともあった。僕は感情にあまり起伏がないから、言い換えれば感情表現する感情自体が薄いから、何か人と喋ってても淡白というか、周りを退屈させる要素があるな、と思ってしまったのだ。
例えばアトラクションが終わっても、出る感想は毎回「楽しかった」のワンパターン。要するに何の感情も沸かないから、それぐらいしか言いようがない訳だ。即ち『現象記述』と『感情表現』の間には隔たりがあって、僕は単に現象をなぞるだけのことが多いのだ。
現象記述の最高峰と言えば、僕が思い当たるところで言えば『陽はまたのぼりくりかえす』だ。これは世界の運行を的確に表した見事なフレーズで、しかもこれを感情表現と見做しても矛盾しないところが凄い。基本的にはどちらか一方に偏るものだが、このフレーズにはその両方が含まれている。
現象記述というのは基本的に客観的なもので、言わば共通した白けた視点で、感情表現というのは基本的に主観的なもので、言わば独自に展開される自由な視点だ。僕は昔から決まり事の中で生きることが多かったから、今頃になってそのツケが回ってきた訳だ。
要するに『自由なもの』が苦手で、スカイリムのようなオープンワールドを独自に展開していく能力に長けていない。だからルールとレールが明確化されたゲームの方が僕は好きだし、これは日本人のゲーム嗜好の象徴のような気がする。少しズレてるけど、僕もゆとり世代なのだ。
感情表現の最高峰が現象記述するケースって、例えば岡本太郎とかピカソとかだろう。あんま知らんけど。逆に現象記述の最高峰が感情表現するケースって、例えばゴッホとかセザンヌとかだろう。もっと知らんけど。どちらかを取らないといけないのは分かってるのだが……。
でも僕は前述したように現象記述側の人間だから、『陽はまたのぼりくりかえす』を目指さねばならない。僕がこのフレーズをこよなく愛しているのは、こう考えてみると凄く筋が通ってるし、このフレーズは超えられないのだとしても、その近似までは行ってみたいな。