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THINK ABOUT SOMETHING.

FATE'LL BE EDEN

(ツイッターの)プロフィールを更新したが、ここに書いてあることは時間的には負の因果だ。普通因と果は未来に対して結ばれるものなのに、過去の為に因を踏むということを言っているからだ。


これは「個人史が清められるか呪われるかは今次第」ということだが、「輝く今」を積み立てることで過去を清めることに成功した暁には、その個人史が未来の神話の鍵となって横溢的に因果を逆流させるのである。


清められていない不浄の個人史では神話を悟ることすらままならないけれど、清められた神聖な個人史はあらゆる神話に対しフルアクセスできる鍵になり、それは要するに「フルスペックの自分になれる」ということを意味する訳だ。


つまり不浄の個人史は単に「女々しい」だけではなく、フルスペックに向けた可能性=個人的可視性を閉ざしてしまうのである。自分に純粋にならなきゃ自分を悟ることなどありえないし、今からダイレクトに未来に向かおうとしてもそれは土台無理な話。


Shing02じゃないけれど、今と昔が一つになる時未来が幽かに晴れ渡る。今から未来に向かおうとしても「闇雲」が行く先を邪魔するだけだが、昔を清める者の幸福論は「天照(鍵)」となり未来を明かすのである。


Tomorrow Never Knows」に打ち勝つ唯一の魔法はユニークな「純粋性」だ。「輝く今」を積み立てれば万人万別にその純粋性は存在証明できる筈で、僕はそれを「FATE'LL BE EDEN(宿命は楽園になる)」と呼んでいる。


だから今日もまた一つ純粋になろう。たとえそれが終わらない旅だと分かっていても。