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THINK ABOUT SOMETHING.

答は繰り返される

PSAwardsで小島監督ドストエフスキーと全く同じことを言った。「アイディアが思い浮かんだら書き残して行くのか」という問いに対して、「良いアイディアは繰り返されて上書きされていく。だからあえて書き残さない」と。


基本的にこの考え方は正論だし、第一線で活躍している現場の声なので強力なのだが、もう一つの現場の声があるとすればそれはベック・ハンセンだろう。


即ち手当たり次第書き残していると記憶力の競争原理が働かなくなって上書きの機会を失ってしまうように思えるが、全く書き残さないスタイルだと偶然性を組織化する手前でアイディアが自然消滅する可能性もある訳だ。


僕個人としては最初から純粋直観が来てアイディアが完結していました、という例はほとんどないし、プリインスピレーションが推敲を経てインスピレーションになるケースの方がほとんどで、そこまで行って初めて自分の場合「繰り返される」のである。


即ちプリインスピレーションの段階では芸術は暫定的に神のものに過ぎないが、その所有権を巡って神と闘う行為が偶然性(独創性)の組織化であり、または偶然性(神性)の追放であり、その結果プリインスピレーションはディバインからパーソナルなものへと昇格され、所有権がその個人に帰結するのである。


「繰り返されるものが答だ」という考え方は自分と一致するけど、そのやり方に関しては全くの逆。即ち芸術をディバインなものからパーソナルなものへと昇格させる為に神と闘う行為を意識化するのが自分のスタイルで、それを無意識化するのが小島監督のスタイルという訳。


これらは形は違えどやっていること自体は本質的に同じだと思うが、自分はユングと同じ内向感覚型なので小島監督のやり方は真似できないし、逆に内向思考型の小島監督が思考を横溢させたら躁病の始まりかもしれない。


結局性格論的に思考様式は個別に最適化されるべきで、どちらも正しい答というのが結論なんだろう。