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THINK ABOUT SOMETHING.

哲学

ゼルダと最後の審判

ミスチルの歌詞じゃないけど、気がつけばそこにあるものなのか、気がつけば何も残らないのか、それこそが美の実態で、前者が『静かなるもの』だとすれば、後者は『虚ろなるもの』であり、美は本来前者の側にある。即ち、美とは飾らなくてもそれ自体で存在す…

words are very unnecessary

ゼルダが偶然の産物か必然の結晶かということについて、たまに考えるんだけど、もちろん両面あるのだとしても、どちらかと言うと後者寄りのような気がしてきた。 クリティカルがあんまりないという側面はあるけど、任天堂ゲームのハズレ率の低さは割と凄い。…

何処からでも何処へでも何処までも

気を張って気を張って線形化されたその究極に何ものかが宿る無意識の随意化とは、自意識の明確化を意味し、また何ものかとは快楽を意味し、それは言い換えれば社会的性癖の露呈を意味する。それは射精付近の男性器と快楽の関係に近く、勃起していない無快楽…

確率を征する闘い

人は全確率に対し普遍的に対応できるものの中で、最高のキャラクターを選ぼうとする。例えばかなり強烈な武闘派タイプでも、マイク・タイソンを目の当たりにすれば小さく縮こまる訳で、そういう末端の確率も含めて普遍的に対応できるものの中で、最高のキャ…

哲学に後ろはない

無意識が『(自分自身すらも省いて)自ずと意識するもの』であるならば、無意識の正体というのは『夢の続き』ないしは『覚醒夢』であり、自分の中に流れるアプリオリな無秩序のようなものだ。リラックスすればするほど無秩序は増幅し、夢がそのピークである…

ロジックとバーニング

シューティングゲームのトッププレイヤーは、自分のプレイを録画して無意識的な悪癖をなくしていくと聞いたことがある。要するにこれは理想論だけど、少なくともシューティングゲームの中だけでは「我に無意識なし!」と言い切るという訳だ。 折り返し地点は…

現象と感情の狭間で

昨日だけど、USJ行ったった!正直アトラクションよりショーの方が面白かったけど、アトラクションもそれなりに面白かった。というかスヌーピーの被り物がめっちゃ気に入ったから、そっちもテンション上がった。 でもいろいろ考えてしまうこともあった。僕は…

光のデフューズ

原体験的紐付けにはポジティブとネガティブがあるけど、シンボライズ(普遍性)からデフューズ(一回性)までの射程で後者と判定するに十分なのは、ネガティブであることが多い気がする。これは負の理論にも繋がり正の要素には限界がある、即ち判定不十分に…

打率の哲学

さっきのつぶやきだが、少し誤りがあった。一回性への到達というのは『絞り切る』『力尽きる』ということだから、偶然性のスタートラインを終点へと詰める、というのは誤りで、全回性という脱力状態から一回性への伸び代は一定の筈だ。 厳密に言えば他者から…

偶然性のスタートライン

コピーライティングにおける必然性というのを考えてみた。これは作曲でも同じことが言えると思うけど、素敵な言葉(ないしは旋律)というのは普遍的であればあるほど誰の目にも明らかに素敵であり、それは他者が作ったものでも自分が見つけたものでも同様に…

アンフォルメルからフォルムへ

昨日久々に軽い運動をしたこともあって、今日は朝から変身願望ということについて考えていた。理想像自体は誰の中にもあるだろうけど、それに対する願望ではなく、それに到る方法論の願望についてだ。例えば即座に筋肉質になる方法はないか、などと言った願…

『本来の違和感』を大切に

夢の中の話だけど、毎回テーマを出してツイッター上でコピーを競い、上位のコピーを年間別に集めたものを書籍化し、その収益を還元する、という収益モデルを思いついたのだけど、起きた時の一言は「できる訳ないだろ」だった。 別に収益モデルに発展させなく…

PUNK IS BEAUITIFUL!

できないことをできるように願うのが『パンク』なら、轟き渡るシャウトだけがパンクではないし、静かなるシャウトもそれはそれでパンクだ。そう考えると世の中には結構な確率でパンクが見え隠れする気がしてきたのだ。 何故こういうことを考えたのかと言うと…

自由とはアブノーマルな帰結である

例えばiTunesで同じプレイリストがあるとする。それを聴いて一度目の人生では最終的にaがベストソングになるとする。その後もう一度人生をやり直せるとして、二度目の人生では最終的にbがベストソングになるとする。この場合の必然性とは何なのか。 寺山と三…

現象と認識と、その認識と対応と

少なくとも生得的現象について自分以上に理解できる人間は居ない。これは間違いない。それは大別して『タイプ』『ストレングス』『レンジ』『グラデーション』の四つで構成されているが、それを厳密に言語化しても言葉は現象そのものの等価ではないから、自…

アート・ビル・ソリッド

虚無はあの手この手で同一化を阻み、不一致を好むが、それが神の仕掛けた最高の戦場であり、然る修羅巷の不可抗力の究極に、究極だからこそそこだけに唯一者の王座が存在するのである。しかし昨日も述べたように不滅の王座などあり得ないから、逆に言えば確…

グリフィス的転回

昔たまたま見かけたツイートに、『完璧な演奏よりミスをした演奏の方が評論家に受けがいい』みたいな内容のものがあった。厳密な意味でのノーミスというのはあり得ないけど、そこに肉薄するオリンピック的要素から外れたものが評価される図式だ。 記録的競技…

唯一者と絶対者の狭間で

そんな言葉があるかは分からないが、僕は無限論者として『絶対なるものを信じない』というスタンスを取る。例えばあるものとあるものの中心、あるものとあるものの同期といった、相対性がなくなる現象を僕は信じない。 前者は例えコンピュータ・グラフィック…

必然への集合

二人が相当し、その内二人に通底する美学・原理・了解が2/2で、一人が相当し、その内一人に通底する美学・原理・了解が1/1で、2/2(二人に通底するもの)と1/2(二人に通底しないもの)の差分が1/1への伸び代(拡張終末の根拠)になる。 即ち1/1という唯一者…

impossible is nothing

僕的用語における虚無というのは『自由意志(無限)の根拠』ないしは『必然性の究極の隣人』なので、『可能の限り』というのはほぼ『虚無の限り』という意味になる。また前者の虚無はアプリオリに存在すると思っているが、後者の虚無は最高峰の拡張終末でし…

独創性の聖なる肯定

神谷英樹のツイートをお気に入りに入れたけど、その内容で思うところがあったので書く。要するに、黎明期における独創性の可能性みたいな話だ。 これについては僕も再三言ってきたと思うけど、独創性というのは基本的に『堕りていく』という行為なんだよな。…

放たれるべくものとして我はある

僕は万回創世をやり直しても万回造られたであろうものを『原理的なもの』と呼んでいるが、これは人物に対しても適用することができ、万回生まれ戻っても万回造られたであろうものも同じく原理的なものなのだ。僕は長年これを神聖視してきたけど、どうやらそ…

彼こそがギャングスタ

理論上万人に可能な最高位――過去の例で言えばその最たる象徴が三島であり、では例えばランボーはどうなのかと言うと、それは三島が殺したケースバイケースから生まれた異端ではなく、三島とは別のベクトルの普遍的終末及びその拡張終末の帰結として、彼があ…

『我らかくあるべし』から『我かくあるべし』へ

普遍的終末の母子数=数値の部分は後付けである。例えば芸術家にしろ音楽家にしろ、その普遍的終末というのは類型論を最後の砦とした征服の最深部のことであり、その征服行為が普遍的に可能である場合、それが小刻みに数値を変動させ、類型論的征服=拡張終…

深淵のその先へ

深淵のその先へ進軍する為に類型論を使うのは妥当だけど、この飛び道具は終末の確定作用ももたらすので、浅はかな段階で使うのはもの凄く勿体無い。要するに、100/100の深淵で使うよりも10/10の深淵で使うべしということなのだ。 ユングの類型論は8タイプあ…

マイノリティーの究極へ

1/1の深淵も100/100の深淵も同じ普遍的終末ではあるが、前者は分析心理学を応用した拡張的な普遍的終末であるがゆえ、深みという点で後者には勝ち目はないが、同じように他者に適用できるかと言えば疑問が残る。自己啓発の類のことだ。 例えばドストエフスキ…

普遍的終末の更新

普遍的終末という言葉について少し補足を。これは『アトランダムな解釈が始まるボーダーライン』のことであり、それ以降は『普遍性の及ばない固有の領域』になる。このボーダーラインまでは普遍的に事実が確定されていて、その公理的なものを積み重ねる行為…

学術的オリンピックの夢の跡

何かを食べた時に口に食べかすが付いて、それを周りの人間が指摘する。言われた通りにおしぼりでそこを拭いても、相手の映像と自分の想像にギャップがあるから、中々拭けない状態が続く。今日はそういうことを考えてみた。 この時一番手っ取り早いのは、鏡を…

『あるがままであれ』と『かくあるべし』

その尺度が全てではないだろうけど、『美』の一つの定義として『高度化されてるか否か』というのがあると思う。僕は自然主義的な性格も持ち合わせてるけど、最終的には理想的なものの方が美しいと思う。 極論的に言ってしまえば、デフォルトは全て美しくない…

精神の永久機関=半永久機関

先日つぶやいたエロスというのは言わば『自動運動』のことだから、自然体=収束する無制約とはまた意味が違うし、そしてその運動力を激化させることを『あるがまま』と呼んでいる。ややこしいけど、あるがままにはあらゆるストレス的なものも含まれていて、…